善悪の錯覚に関するQ and A


 絵本集の補足として、Q&A(質問と回答)のページを用意しました。

Q: 善悪って、悪いんですか?

A: そんな風に考えると、無限ループに入りそうですね。^^;  善悪の錯覚に限らず、現実を錯覚して行動することは、悪いというよりも危険で損なことでしょう。 現実を錯覚した状態で行動しても、その行動は現実に沿ったものにはなりません。現実世界で望む結果を得ることは、難しいのです。

Q: 善悪が無かったら、この世の秩序が乱れませんか?

A: 「善悪」という言葉の意味次第です。 たとえば、法律、ルール、マナーなどの決まり事を全てひっくるめて「善悪」と表現することがあるようです。 もし法律もルールも無ければ、この世の秩序を守ることは難しくなるでしょう。 ご説明するまでもありませんが、たとえば道路交通法で「赤は止まれ。青(緑)は進め」と決まっています。この決まりが無ければ怖くて運転することも出来ません。

 一方で「善悪」という言葉の意味が、善悪の「錯覚」であるのなら、「錯覚」を無くしても秩序が乱れることは、基本的には有りません。

 とはいえ錯覚が無くなることに付随する、一時的な「乱れ」を予想することは可能です。
 というのも善悪の錯覚は、人々の意識そして社会の仕組みにすでに深く入り込んでいます。個人の心から、テロや戦争に明け暮れる国際社会まで含めてです。 善悪の錯覚から人々が目覚めて行けば、錯覚に基づいた法律や社会の仕組みも、個人や国の行動パターンも自然に変化するでしょう。 ただ錯覚から目覚めるスピードには個人差があります。変化の過程を無理に早めれば、当然、摩擦も発生します。

 実はそんなこともあり、私ども平和の絵本では、「政策や社会の仕組みを具体的に変える」ことを運動の中心にはしていません。 物理的な仕組みを変える前に、人々の意識を変えたい。 人々の意識が変われば、後は放っておいても社会も世界も自然に変わるだろう、と。
 なんといっても善悪の錯覚には何千年もの歴史があるのです。ま、のんびりやろうや、ということです。(笑)

Q: 私の家族は善悪中毒です。善悪の錯覚を教えてあげたいのですが、感情的に強く反発されて教えることが出来ません。どうしたらいいですか?

A: 錯覚は一種の目隠しだと考えることが出来ます。 目隠しをして生きることは自分にとっても周りにとっても危険であり、辛いことです。しかしながら、それでも目隠しを取りたくないことが有ります。 もし何か出来ることがあるのなら、してあげて下さい。何も出来ることが無ければ、いつかきっと目隠しを取ってくれると信じて、見守ってあげて頂ければと思います。

 ちなみに「どうしたらいいですか?」「いけないのですか?」といった言葉もとても曖昧です。 言語としての限界もあり曖昧な言葉を避けることはそうそう出来ないのですが、どんな意味で使っているのか時々立ち止まって意識することは、錯覚を避けるために有効です。

Q: 子供に善悪を教えたら、いけないのですか?

A: 法律、マナー、ルールなど、なぜそう決まっているのかという具体的な目的/理由を含めて、きちんと教えてあげて下さい。 「悪いことだから、するな」「良いことだから、しろ」では教えたことにはなりません。
 たとえば「火遊びをするな」と教えたいなら、「悪いことだから火遊びをするな」では教えたことにはなりません。 悪いこととは「してはいけないこと」です。「悪いことだからするな」は、「してはいけないことだから、するな」という意味であり、同じことを2回繰り返しただけです。

 無意味な言葉の繰り返しではなく、「あなたはまだ子供だから、つい忘れたり失敗することが多いの。火遊びをして失敗して火事になったら、あなたの家が無くなっちゃうのよ。お父さんもお母さんも死んじゃうかも」 と(子供の理解力に合わせて)出来るだけ具体的に教えてあげて頂きたいのです。

 逆にもしあなたに具体的な禁止の理由が分からず「悪いことだから悪いと言っているの!」としか子供に説明できないなら、 まずあなたご自身の心を見つめて、善悪の錯覚を探すことをお勧めします。

Q: 善悪の錯覚4,000年の歴史ということですが?

A. 筆者のごく大雑把な推測だとご理解ください。以下、推測の根拠を簡単にご説明します。

 善悪を人間社会のルールであると考えるならば、 善悪の起源は、人類が共同生活を始めたころにまでさかのぼる必要があるでしょう。 そしてそれは4,000年よりもはるか以前、おそらくは何万年も何十万年も昔の先史時代となるでしょう。 しかしながら、「人間社会のルールの出現=善悪の錯覚の出現」と考えることにはやや無理があるようにも思います。

 善悪から錯覚が生まれるためには、善悪が単純なルールというだけでは不足で、 (トップ頁にキーポイントとして書きましたが) 善悪が強烈な感情エネルギーを伴う二分類として機能することが必要だと感じるのです。
 そうして考えると、善悪の錯覚の起源はゾロアスター教に求められるのではないか、と。 ゾロアスター教は善悪二元論を教義としており、世界は善神と悪神が戦う場だと教えています。 つまり、強烈な感情エネルギーを伴う二分類として機能するための条件を満たしているように見えるのです (注; 宗教的な真実についてではなく、あくまでも錯覚という人間心理に関する話です)。

 ウィキペディアを参照すると、ゾロアスター教の開祖ザラスシュトラは、紀元前1600年頃から紀元前1000年頃、 つまり今からおよそ3,000年から3,600年前に生きた人です(⇒参考; ウィキペディア ゾロアスター教)。 「イラン古代の宗教的伝統の上に立って、教義の合理化・体系化を図った人がザラスシュトラであるとも考えられる。」とのことであり、 彼の教えが当時の人々に支持されたことを考えると、そこにはすでに善悪二元論の土壌があった可能性が強いと考えられます。
 そこで大変大雑把な話となってしまうのですが、3,000〜3,600年よりも少し前、ということで、「善悪の錯覚4,000年の歴史」と推測しました。

 ゾロアスター教は世界最古の一神教といわれ、その後のユダヤ教、キリスト教、イスラム教にも大きな影響を与えているそうです。

 なお繰り返しになりますが、ここでご説明しているのはあくまでも「錯覚」についてであり、 ゾロアスター教そのもの/ゾロアスター教の宗教的な真実に関してではありません。

Q: 善悪を教える宗教はたくさんありますが、間違っているのですか?

A. 善悪の大切さを説いているのは、宗教だけに限りません。公共機関から個人まで、世界中、あらゆるところで善悪の大切さが説かれています。
 善悪という言葉には色々な意味があり、善悪の大切さを説く全ての人々が間違っている、などということは出来ません。
 しかしながら一方でこの絵本集で見る通り、善悪という言葉/考え方からは大変に深刻な錯覚が生じる可能性があります。

 宗教家に限らず全ての方々に、善悪の大切さを説くのなら、善悪の錯覚の危険についてもお考え頂きたいと強くお願い致します。

Q: 自分の中の善悪の錯覚を見つける有効な方法はありますか?

A. あります。二つご紹介しましょう。

 1)まずは言葉の善悪のニュアンスに注意を払ってください。そしてそのニュアンスに影響されないようにご自身を訓練してください。
 たとえば「テロリスト」という言葉には、「悪」という強いニュアンスがあります。「市民の抵抗組織」と言えば善のニュアンスがあります。そのニュアンスを外します。 するとそこには、天使と悪魔ではなく、人間の営みが見えてきます。

 2)もう一つは、ご自身が使う言葉にあえて制約を設けることです。たとえば以下のような言葉を一切使わず、別の言葉で置き換えることに挑戦してみてください。

 ●善 ●悪 ●悪い ●良い ●〜しなければならない ●〜してはいけない ●〜すべきだ ●〜すべきではない

 多くの場合、簡単に別の言葉に置き換えることが出来るでしょう。(例;勉強すべきだ⇒受験に受かりたい。だから勉強しよう等)。 しかしながら、どうしても別の言葉が見つからない場合があります。(例;勉強すべきだ⇒別に受験に受かりたくなんかない。僕がしたいことは別にある。なんで勉強すべきなんだ?)
 もしそう感じたなら、その事柄に関して、善悪の錯覚が存在する可能性を疑ってみて下さい。

Q: この世は戦いだ。善悪の錯覚になど気づいたら、闘争心が弱まり負けてしまうのではないか?

A. 残念ながら、その可能性は0ではありません。たとえば戦争をしているとき、敵を人間だと思えばどうしても殺すことに迷いが生じます。 しかしながら、敵を悪魔だと錯覚すれば、ずっと殺しやすくなるでしょう。無抵抗な一般市民を大虐殺することも簡単です。 「抵抗すれば情け容赦なく、女性も子供も含めて、何十万人でも殺される」ことが分かれば、敵は怯えて戦意を喪失するかもしれません。

 いうまでもなく、敵を人間だと思っても戦うことは可能です。 「あんさんには何の恨みもございません。死んでもらいやす」「どっちが勝っても恨みっこ無し。勝負だ!」という具合にです。

 しかしながら相手を人間だと思っていたら、なかなか何十万人も虐殺するほどの闘争心は持てないでしょう。 「敵の人間を悪魔だと錯覚することで、闘争心を異常に高め、戦いに勝つ」 ・・・これも善悪の錯覚の魅力の一つかも知れません。

 逆に言えば、善悪の錯覚に働きかけることで、人類が持つ膨れ上がった闘争心を沈静化することが出来るでしょう。そうすれば 「この世は戦いだ、・・・ま、そういう側面もあるけれど、人の世に鬼はいないよ。勝った負けたは時の運。盛者必衰。おごれる人も久しからず 。」 となるかも知れません。(笑)

 以上です。



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