孤独と人間不信、さらには無差別殺人『どっちだ?』-絵本の心理学

孤独や人間不信の心理的な原因とは何でしょう? 無差別殺人を生む錯覚とは何でしょう?

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善悪の錯覚で、いかに人は孤独になるかが、この絵本のテーマです。
とうごう じゅん
〔ふりがな〕
ど~っちだ?      とうごう じゅん
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解説 「どっちだ?」:孤独と人間不信、さらには無差別殺人

 孤独-特に絶対的な孤独-は、最も辛い感情の一つでしょう。

 孤独は、物理的に一人でいることから生まれるものでは有りません。 孤独は、精神的に他者から孤立・隔絶していると信じることから生まれます。

 さて、人がなぜ孤独に陥るか、なぜ他者から孤立・隔絶していると信じてしまうのか。
 ・・・そこには、むろん様々な心理的な原因が考えられます。 この絵本では、ごく普通の人間が、ごくごく普通の教育の結果、いかに人間不信に飲み込まれてしまい、  孤独―それも、一切の救いが無い絶対的な孤独―に飲み込まれ、 無差別殺人まで犯してしまうほど凶暴化してしまうか、という心の流れ、・・・その恐ろしく危険な心理について描いています。

  さて、世界には実際に、「全ての人間を敵だと思う、極端に凶暴化した人間」が存在します。 ―無慈悲に残酷に無差別に、大勢の人間を殺すような人々です。 虐殺を楽しむ独裁者もいれば、殺す事そのものに快感を得る、快楽殺人者もいるでしょう。 見知らぬ人々を殺す、無差別殺人者も存在します。 筆者は、こうした凶暴な行為に至る人々の心の底には、上記のような「絶対的な孤独」「極端な人間不信」「敵意」が存在しているのではと想像しています。

 善悪を見ることと、人を見ることは違います。 善を信じ・愛することは人を信じ・愛する事では有りません。それは善を信じ・愛することです。

 そして、人は、「善悪」という言葉/観念と信じ合い・愛し合うことは出来ません。 つまり、いくら善悪を信じ・愛し・善悪に奉仕しようと、人の孤独が、(擬似的にではなく)真に癒えることは有りません。

 人は、人そのもの(正確に言えば「人」だけに限りませんが…)との信頼・愛によって、はじめて孤独を癒すことが出来るのではないでしょうか。

 単純な絵本のストーリーから、善悪が生む錯覚の恐ろしさを、実感していただければ幸いです。




どっちだ?(孤独の心理を描く絵本)の読者感想文へ

「どっちだ?」の絵本のPDFファイルです。(約0.8mb)

'Which?' - The psychology of hostility and solitude(「どっちだ?」英語版))



☆こちらの絵本でも、連続無差別殺人を取り上げています。ご参考まで。
愛する人が殺されたら



〔善悪の支配図〕

 この絵本が関連しているのは主に赤枠部分です(図をクリックすると大きくなります)。
 「善悪」という単純な言葉の裏には数十個の心理トリックの集合体が存在しています。 詳細は 「善悪という怪物」をご参照下さい。

善悪の支配図