あの日、死に別れた恋人達が、
もう一度抱き締め合えます様に。





☆解説(日本語訳)☆
「来てくださった皆様へ

これは、原爆の絵です。

このアメリカという地で、原爆の絵を発表することは勇気の要る事でした。しかし、私は、この地だからこそ原爆の絵を発表しなくてはならないと思いました。

去年の四月に、私は、広島の原爆ドームに向かいました。そこでは多くの外国人の人々が、真剣な眼差しで、原爆と向き合っていました。

わたしは、その人々の姿に感動し、「こんなにも多くの人々が、原爆について知ろうとしてくれているのか。」と思い、涙が溢れました。

そして、去年はアメリカのオバマ大統領が広島に来てくれました。
あの勇気ある行動に、どれ程の死者が癒され、どれ程の日本人が救われたでしょう。
わたしは、この先、何年経っても、あの歴史的瞬間を忘れることはないでしょう。
どうか、この絵が、私と皆様を怒りや憎しみではなく、愛や平和の架け橋で結んでくれます様に。
   日本より、愛を込めて。」

☆最後に☆
今、世界では壁が作られていますが、壁は体力のある人ならば一人で登ることはできても、誰かを抱えて登ることはできません。 だからこそ、壁というものは、常に己の為にのみ、あるべきものなのです。

しかし、それが橋なら、どうでしょうか? 親は子供を抱き、孫は老いた祖父母を背負って歩けます。

足のない人間は松葉づえをついて歩き、体の不自由な人間は車椅子をひいて進むことができます。

強き者が弱き者に、何の躊躇もなく手を差しのべられる…そんな世界を私は、望んでいます。