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怯える人々
怯えて、重武装をしている人
東郷 潤

〔ふりがな〕
おびえるひとびと  とうごう じゅん

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★★以下は歩さんの絵で描いた、「怯える人々」です。★★
独自の解釈で描いた、オリジナリティあふれる作品です。

歩さんの絵で描く「怯える人々」
歩(あゆむ)



〔解説〕絵本「怯える人々」;世界平和を阻む恐怖と狂暴の心理

 怯えは、人の凶暴化の大きな原因だと考えられます。
 例えば「苛められっ子が、苛めっ子に逆襲する」といった場合、苛められっ子の怯え・恐怖が大きければ大きいほど、 その逆襲は激しいもの、つまりは凶暴なものとなる可能性が高いかも知れません。 苛めっ子からの仕返しに怯えていれば、決して仕返しできないまでに攻撃する(つまり、命を奪う)ということも、場合によっては考えられるかも知れません。

 あるいは、窮鼠猫を噛む、という諺もあります。怯えて絶望しパニックになれば、前後の見境なく、つまり、勝てる見込みもなく、 絶望的な激しい攻撃をすることとなるでしょう。それは愚かさゆえではなく、絶望ゆえ、ということです。
 そして、その凶暴さだけを表面的に見れば、「パニックになるほど絶望し、怯えている人/人々/国」を「なんて凶悪で、悪い奴/人々/国!」と錯覚してしまうかも知れません。

 怯えというのは、多分に心理的なものです。 同じ現実でも、受け取り手によって(受け取り手の掛ける「メガネ」等によって認識が異なってしまい)、怯えの対象にも、安らぎの対象にもなるでしょう。

 例えば、この世は敵だらけ、怪物だらけ、あるいは、道理が通じない悪人だらけ、などと信じていれば、世界は敵や悪人だらけの場所と見えるでしょう。
 この場合、その人/人々/国にとって、世界は恐怖の対象以外の何物でも有りません。 そんな世界で生きている(と認識し信じている)人/人々/国は、自分/自分達/自国を守るために、どれほど過剰な武装/軍備をしても、決して心が休まることは無いでしょう。

 地球上には、地球人全員を何回でも殺せるほどの、ある意味、漫画チックで馬鹿馬鹿しい、大変な量の武器/軍備が存在しているそうですが、そうした膨大な軍備の底にも、測り知れない人間不信、つまりは恐怖・怯えが隠されているのかも知れません。

 さて、怯えている人の癒しに必要なのは、更なる脅しや恐怖―非難、恫喝、経済制裁、ミサイルや爆撃、牢獄、死刑台など―では無いでしょう。 怯えを癒すのは、許しであり、理解であり、優しい笑顔であり、一輪の花であり、闇を払う気づきの光であり、さらには、リボンを掛けた絵本のプレゼントだと、筆者は考えています。


プリントアウト用のPDFファイル 授業などでご自由に。

Scared People 英語版「怯える人々」