世界の根っこを理解しよう!

善悪中毒3部作 ― 人はなぜこれほどまでに凶暴化してしまったのか?


  私ども平和の絵本(和を地球へ)の運動の思想的土台は、「善悪中毒」「二千年の幻想−聖書論歴史編」「隣人を愛せず−聖書論心理編」の3冊の本となります。 これらの本を通してお読み頂ければ、以下、きっとご得心いただけることと存じます。

 さらに平和の絵本の読者の方でしたら、以下のこともご理解いただけるでしょう。
死体の山


人類への診断書


 平和活動を医療行為だと考えてみて下さい。

 くしゃみや鼻づまりや発熱は、風邪という病気の症状です。それと同様に、虐待やイジメやテロや戦争を、病気の症状だと考えてみるのです。 その病気は肉体的なものではなく、心の病気/精神的な疾患です。この心の病気は、人間を互いに争わせ凶暴化させるという特徴を持っています。
 悲しいことに、多くの人類は久しくこの病気にかかって、現実に凶暴化しています。

 善悪中毒3部作は、その病気について、徹底的に分析するものです。 つまりそれは、凶暴化してしまった人類への診断書だとお考えください。風邪をひいた患者について医師が書く診断書(カルテ)のような、です。
 診断書ですから、それは万人に読まれることを想定して書かれたものではありません。 むしろ病気を治すことに関心がある、医療関係者向けの専門的なものとなります(つまり、人類の平和や癒しに真摯なご関心がある方むけということです)。 そこには人を凶暴化させる病気の原因、成り立ち、治療に当たって注意することといったことが書かれています。

  一方で本WEBの絵本集は、病気を治療しその拡散を予防するワクチンのようなものだと考えています。 ワクチンですから、読者として想定しているのは、世界中の一般の方々です。 そのために、分かりやすく単純な絵本という形式を取っています。 出来るだけ大勢の方へワクチンをお届けし抵抗感無く飲んでもらうことが(つまり、本WEBの絵本集を多くの方に読んでもらい、理解してもらうことが)、病気の予防・拡散防止・治療に大変に重要なことだと考えています。


善悪中毒3部作 ―平和の絵本(和を地球へ)の思想的土台/人類への診断書
本「善悪中毒」

善悪中毒 ―正義のために戦うという錯覚

 善悪の錯覚に関するごく基本的な解説をしています。何千年もの間、人類を苦しめ続けてきた錯覚です。
 ページ数は多くなく、内容もそれほど難しいものではありません。しかしながら高学歴(東大卒の方です)の方に「さっぱり分からなかった」と言われたことがあります。
 本書執筆時には気づかなかったのですが、錯覚を理解するためには、ちょっとしたコツがあるようなのです。
 そこで執筆したのが、絵本「出ていて引っ込んでいるもの」です。この絵本は錯覚を理解するために必要な考え方/コツを描いていますので、 本書をお読みいただく前にこの絵本をご覧いただければ、より分かりやすくなるかと思います。
 それから内容に関しては、「善悪が二分類であること」をもっと強調したかったという反省もあります。 もし将来改訂版を出せるなら、その点を加筆したいと思っています。 ちなみに、絵本「子供を犯罪者に育てる方法」 「教育マシン」は、本書を補完する気持ちで、善悪の二分類を強調して執筆したものです。 合わせてご覧いただければより深く善悪という言葉/考え方の問題点をご理解いただけるものと存じます。
 なお本書の内容は、それほど難しいものではありませんが、それでも、善悪の世界に中で生きている多くの方々にとっては衝撃的なものとなりえます。 もし心理的に受け付けるのが難しいようなら、どうぞ無理はなさらないでください。(準備がまだ出来ていない方に、無理に読ませないでください。)

 ⇒アマゾン  ⇒紀伊国屋

本「二千年の幻想」

二千年の幻想 ―米国と善悪と原爆と

 本書は聖書の誤読を切り口として、善悪の錯覚がどれほど恐ろしい災厄を生み出しうるのか、現実の歴史を例に取って解説したものです。 また本書は宗教から見た米国論にもなっています。
 当たり障りの無いものは別にして、現代日本で宗教に関連する本を出版することは大変に難しいようです。 本書の元となった原稿についても、日本で関連図書を取り扱っている150社以上の出版社に声を掛けましたが、「宗教関係は怖い」と出版を断られました。
 そこで本書の元原稿を、本WEB上で「原爆への復讐;聖書論(歴史編)」として2008年に発表。しかし今度はタイトルが刺激的過ぎたせいか、グーグルでもヤフーでも宣伝を禁止されてしまいました。
 そこでタイトルをより穏やかな「二千年の幻想」へと改め、内容も全面的に書き直しをし、2012年10月に電子書籍の形で発表したものです。
 本書の内容も決して難しいものではありません。描いている錯覚の心理は比較的単純なものです。 それでももし読者の方が、聖書に関して一般的な知識しかお持ちでなければ(聖書を旧約からご自身で通して読んだことがなく、市販の解説本を数冊読んだ程度なら)、 本書の内容に大きな衝撃を受けるはずです。 そして歴史と現代世界の諸問題につき、宗教と錯覚という全く新しい視野が開かれることと存じます。
 なお本書の内容も一部の方にとっては、衝撃的に過ぎて心理的に受け付けることが難しいでしょう。無理をしないように/させないようにお願い致します。

 ⇒パブー(PDFファイル、ePubファイル、WEBで読む)

本「隣人を愛せず」

隣人を愛せず ―人類はなぜ凶暴化したのか

 「汝の隣人を愛せ」という聖書の教えを切り口として、愛と暴力の心理を徹底的に分析しています。
 内容は前2冊と比べるとかなり複雑です。 描いているのは、錯覚の上に錯覚が積み重なり、さらに別の錯覚が加わって・・・、という重層的、有機的な錯覚の心理です。 扱う心理は、男女関係、親子関係、心の麻痺・分裂、自傷行為、虐待、薬物中毒、ストーカー、快楽殺人、戦争など多岐に亘ります。
 読みこなすためには、知力に加え精神力も必要でしょう。腰を据え、じっくりとお読みいただきたくお願い致します。
 内容をご理解いただくのは大変だと思いますが、我々の世界が恐怖と錯覚により長らく支配されている構図が浮き彫りとなって現れてくるはずです。 世界中でどれほど多くの人々が錯覚の中で恐怖に駆られ、凶暴化しているか。 ・・・これを逆に言えば、人類の未来は革命的に変わる可能性がある、ということです。 人類(テロリスト、戦争犯罪人、異常心理者、一般の犯罪者、その他「悪人」と言われる人々も含めた人類です)への大きな希望、明るい未来の可能性が見えてくるはずです。
 関連絵本の紹介も多数していますので、平和の絵本集の各作品の背景・狙い等もご理解いただけるものと思います。
 なお他の2冊と同様に、本書の内容も一部の方にとっては衝撃的に過ぎるでしょう。無理をして読んでも理解できるものではありません。無理をしないように/させないようにお願い致します。

 ⇒パブー(PDFファイル、ePubファイル、WEBで読む)



 さて以下は、2004年に「善悪中毒」が出版されたときに記述したものです。今(2013年2月)、読み返しますと、「二千年の幻想」「隣人を愛せず」への言及が無く(まだ存在していかなったので当然ですが)、善悪の錯覚ばかりが強調されすぎている感を覚えます。
 錯覚は善悪だけではありません。「隣人を愛せず」では特に、愛に関する錯覚を主要なテーマとして取り上げています(大きな範疇で考えれば、これもまた善悪中毒といえるかもしれませんが)。
 今回、消去することも考えたのですが、ネットの世界で何回か引用されていることもあり、若干の修正を加えただけで残すことと致しました。




心理学と善悪


 心理学の世界でも、「善悪の錯覚」という考え方が広く認知されているとは、いえないようです。 「善悪中毒」という言葉自体、(筆者が知る限り)筆者が始めて使い出したものに過ぎません。
 善悪という言葉自体が、倫理学なり宗教の範疇であって、心理学という学問には馴染まないという印象もあるのかも知れません。

 しかしながら、倫理上の価値基準(=何が善で何が悪か)といった土俵を離れ、善悪という言葉・観念だけを純粋に取り上げてみると、 その言葉・観念がいかに容易に錯覚、そして葛藤の原因になっているのかという人間心理を観察することができます。
 ―そして更に深く人の心を覗き込めば、その錯覚がどれほど危険なものかも観察することが出来るでしょう。

 善悪の錯覚は、個人の心の葛藤を生むだけではなく、何千年にもわたって人類という巨大な集合体の様々な葛藤/悲劇 ―戦争、テロ、抑圧、殺人、犯罪、拷問、いじめ―などの、根本的な原因となってきたと考えることが出来るのです。 火あぶりの絵です


 人々が善悪が生む錯覚に気づき「善悪中毒」という心の病を克服しない限り、人類は永遠に争い(葛藤)を繰返すことでしょう。 さらにいえば、「善悪」の強迫観念・錯覚を抜きにしては、犯罪心理学、犯罪予防心理学、葛藤や戦争の心理、 さらには二重人格・多重人格といった異常心理についても、理解を深めることは大変に難しいのではないでしょうか。

 現状、残念ながら、善悪の錯覚に気づいている人は多くなく、人々は、いわばその手付かずの危険に晒されています。―これでは、心の葛藤も自殺もイジメも虐待も犯罪もテロも戦争も、予防できる筈が有りません。

 それでは、善悪が生む錯覚とは具体的に何なのでしょう?
 ―実は、これを正確に理解するのは、容易ではありません。

 錯覚とは、いうまでもなく間違えて認識することです。間違えてしまうのは、間違いやすいからであり、そこには間違ってしまう理由も存在しています。
 そもそも、

のは、簡単なことでは有りません(禅問答のようで恐縮です)。

 具体例でご説明しましょう。
 ここに、「白い錠剤」と「やや白い錠剤」と、水が入ったコップが机の上にあると想像してみてください。
 白い錠剤は、ビタミン剤。やや白い錠剤は、毒薬としましょう。
 ご想像いただけましたか?

ビタミン剤と毒薬とコップ


 ―さて、白い錠剤とコップ。
 これは誰が見ても違うものです。大きさも形状も違います。つまり、間違って認識しやすいものではありません
 だから、錯覚が生まれることは有りません。
「机の上の白い錠剤はビタミン剤だから、飲みなさい」と言われた人が、間違ってコップを飲み込んでしまうことは有りません。
 しかしながら、白い錠剤とやや白い錠剤は、似ています。つまり、間違いやすいのです。
 もし、錠剤がある部屋が薄暗くて、錠剤に2種類有る事を知らなければ、そこには間違いやすい理由も存在することになるでしょう。

 そして、白い錠剤とやや白い錠剤の区別を説明することは、生死に関わり大変に重要ですが、その違いを説明することも認識することも大変に難しいのです。

爆撃を行なっている図
 つまり、錯覚を正確に説明する/認識するというのは、どれほど重要なことであっても、難しいものなのです。
 たとえそれが人類が世界平和を達成するか・永遠に戦争を繰返すかというほど重要なことであっても、です。

 さらに言えば、善悪という言葉、物の考え方は、人の心の有り方を潜在意識レベルから、深く規定しています。
 それは、いわば心の中に巨大なコンプレックス(複合体)を形作っています。

 これについてもご説明しましょう。 
 人が空気を認識するのは、あたかも魚が水を認識するかのごとく、難しいとお聞きになったことは有るでしょうか?
 実際、風が無ければ人が空気を意識することは稀にしかありません。木を見て森を見ずの喩えも有ります。理科の教科書に出てくるニュートンは、世界中あらゆるところに存在している引力を「発見」し、有名になりました。
 つまり、何かの中に入ってしまうと(飲み込まれてしまうと)、その何かを意識して、客観視することは容易ではありません。
 同様に、善悪の世界の中に生きている人間にとって、善悪を客観視することは大変に難しいのです。
 ―ここで簡単な実験をしてみましょう。
 あなたは次の会話をどのようにお感じになりますか?

 いかがでしょうか? …特に違和感をお持ちにはなりませんでしたか? それでは、次の会話はいかがでしょうか?

 …今度はいかがでしょうか? 心の中で常に働いている「善悪の存在」を意識していただくことは出来ましたでしょうか? (「○○が悪い」という言葉は、善悪の存在を前提としていますね)
 この働き者の「善悪」を客観視するためには、より深く、広く、心の深層心理を探検していく必要が有るのです。


「平和の絵本」の運動と善悪中毒

 前述の通り、善悪の錯覚は大変に危険なものです(具体例としては、私どもの絵本集をご参照下さい)。

 繰り返しになりますが、現代世界のテロや戦争などを含めて、ほとんどの争いの根本原因/温床として、善悪の錯覚が働いています。 これを先ほどの比喩で言えば、白い錠剤(ビタミン剤)だと錯覚して、やや白い錠剤(毒薬)を飲み込み、多くの人々が現実に苦しみ、命を落としていることとなります。

 したがって、善悪の錯覚の危険について人々へ広く知らしめることは、そのまま平和の促進にも直結します。つまり、善悪の錯覚を原因として発生したテロや戦争は、善悪の錯覚への危険を人々に知らしめ、人々が持つ錯覚を取り除く事で、減らし予防する事が出来るのです。

 さて、私どもでは、こうしたことから、世界中の人々へ善悪の錯覚の危険を知らしめるべく、「平和の絵本」の運動を行っています。(なぜ絵本なのかについても、はっきりとした理由が有ります。こちらの「なぜ絵本で世界平和なのか」、をご参照ください。)

 むろん、これらの絵本を見ただけで錯覚を正確に認識することも、善悪を客観視することも出来ません。 しかしながら、これらの絵本を見れば、そこに何かとんでもない危険が潜んでいるという問題意識を持つ切っ掛けにはなる筈です。

 ―そしてそれが、人類が永遠に続けている争いの渦(=善悪の葛藤)を止める第一歩となると、私どもでは考えています。

 さて、弊著「善悪中毒」は、「平和の絵本」の運動の理論書として執筆したものです。今後、本運動を発展させていくためには、どうしても揺ぎ無い軸となる理論書が必要だと考えたものです。
 一方で絵本集は、運動の実践という位置付けだと考えています。



本;善悪中毒―戦争、テロ、いじめ、葛藤を生む錯覚の心理学―

 本書は、上記の比喩で言えば、暗い部屋の中でも、白い錠剤と、やや白い錠剤を正確に見極めることが出来るように執筆したものです。
 絵本という表現媒体では書くことが出来ない錯覚のメカニズムに関して、詳細を解説しています。 図や絵を多用して、言葉と視覚の双方からご理解いただけるように、と工夫を凝らしたつもりです。

 筆者としては出来る限り平易に表現しましたが、本書で扱うのは目に見えない心理学/心の中の世界。しかも扱っているのは、ただでさえ分かりにくい錯覚。
 ですから、この場で申し上げておきますが、読者にとって決して簡単な本ではないと思います。少なくとも、娯楽で読む本ではないでしょう。

 誤解を避けるために申し上げますが、本書を読む上で、高い知能が必要だというのでは無いのです。精神世界や心理学の専門知識が必要な訳でも有りません。 むしろ必要なものは、心が住む世界―自分の潜在意識―を客観視出来る柔軟な心/開かれた心だと想像しています。
 ですから、どれほど知能が高い方/心理学の造詣が深い方でも、心を閉ざし感情を抑圧されている方には、本書を理解することは難しいのではないでしょうか。(そんなことも有って、絵本という表現方法を考えました。)

 言葉を代えて言えば、錯覚に頼って生きている人から錯覚を取り上げることは、容易ではないのです。   

 

治にいて乱を忘れず

 なぜ、世界の人々の善悪中毒を癒す必要があるのか? つまり、和を地球への運動をするのか?
 本の中の一節をご紹介します

善悪中毒の続刊

 善悪中毒の第二巻目「原爆への復讐 聖書論(歴史編)」はこちらです。

善悪中毒の出版社のページ

 リベルタ出版の善悪中毒のページはこちらです。
  ⇒web書店 

善悪中毒の英語版

 こちらが英語版の善悪中毒のページです。

読書感想文

 「平和の絵本から、ありがとう」では、善悪中毒の読書感想文も発表しています。



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