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★この絵本は、生と死をテーマとする絵本集の1作品です。
人命は何よりも大切だから
子供が怖がる絵(イラスト)です
東郷 潤

〔ふりがな〕
じんめいは なによりも たいせつ だから
とうごう じゅん

P.1




解説「人命は何よりも大切だから(引きこもりの心理と原因);生と死の絵本集」

 「引きこもり」となっている多くの子供たち/若者がいます。 中には10年を越える長期間、引きこもるという事例も存在します。
 こうした引きこもりの心理/原因とは何なのでしょう? 
 もちろん個々のケースで事情は様々に異なります。 引きこもりの心理・原因といっても一言で説明できるものではありません。 それでもそこに何か共通する心理/原因は無いのでしょうか?

 ところで読者の方は人命尊重をどのようにお考えになるでしょうか。 平和の絵本の読者の方でしたら、ほとんどの方は人命は尊いものだという考え方に同意されるでしょう。 特に戦後日本では、先の大戦で多くの貴重な人命が失われた反省もあり、 「人命は何よりも大切だ」という価値観が様々な機会に繰り返し強調されています。

 引きこもりと人命。・・・一見、何の関連も無いように見えます。 しかしながら、人間心理を考察すると、そこには大変に密接な関連性が存在するような気がするのです。 人命の尊さを強調することが生の枯渇へと、もしへとつながっているのだとしたら人間とはなんて悲しく逆説的な存在なのでしょう。

 大きく考えれば、これもまた善悪の錯覚(善悪中毒)の1つかも知れません。 たとえば「人命を尊ぶことは善。尊ばないことは悪」、そんな二元論的発想、つまりは心の癖は無いでしょうか?  善悪の錯覚の一つの特徴は、バランスを欠き、「善でなければ悪、悪でなければ善」という具合に極端になってしまうことにあります。

どれほど動機が純粋なものであっても、それがどれほど美しい愛によるものであったとしても、 錯覚の陥穽に落ち込み、あるがままの現実を認識できなければ望む結果を得ることは出来ません。 それがたとえ人命尊重という素晴らしい理想であったとしても、同じことです。

 人命尊重と引きこもりの関係、そして錯覚(この絵本のストーリーの中に、どんな錯覚が潜んでいるのか)について、思いを巡らせていただければ幸いです。



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絵本「負けるものか」では別角度から、引きこもりの原因、心理にアプローチしています