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神と善悪
神さまへの祈りの絵
東郷 潤

〔ふりがな〕
かみ と ぜんあく      とうごう じゅん

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〔解説〕絵本「神と善悪」―信仰と錯覚の整理

 この絵本集では繰り返し、善悪の錯覚の危険について描いていますが、それはいかなる意味でも、 神への信仰に対する批判ではありません。

 こう言えばすぐにご理解いただけると思いますが、真実の神への信仰に錯覚が必要でしょうか? 
 錯覚は真実との距離を遠ざけるものです。 神が真実であるならば(信仰をお持ちの方は、そう思っていらっしゃるはずです)、錯覚は神との距離を遠ざけます。 神を錯覚し誤解することは信仰の道ではありえません。
 逆に言えば、錯覚が無ければ信仰できないような「神」は真実の神ではなく、それはただの妄想です。
 筆者としては、他人様の、真実の神への信仰に口を出すような気持ちは毛頭有りません。 この絵本のテーマはあくまでも錯覚とその危険について、です。

 さて善悪の錯覚が無条件の攻撃命令となる可能性については、絵本「攻撃命令、無制限!」ですでに描いています。 この絵本「神と善悪」では、善悪の錯覚が攻撃命令の他に、無条件の実行命令(攻撃だけではない、様々なことに関する実行命令=しろ/するな)となる可能性を示しています。



〔注〕
 この絵本はフィクションであり、神についてなんらかの主張(神とはこういうものだ、神はいる/いない等)をする意図は有りません。 また食のタブーを巡ってストーリーが展開しますが、特定の宗教の食のタブー(仏教の肉食、ヒンズー教の牛肉、イスラム教の豚肉、ユダヤ教のラクダ、鯨肉など。 ⇒食のタブーを参照)について描くものではありません。