孤独や人間不信の心理的な原因とは何でしょう? 無差別殺人を生む錯覚とは何でしょう? 絵本の心理学「どっちだ?」のテーマは孤独や人間不信の原因です。 ごく普通の教育が絶対的な孤独や人間不信、さらには無差別殺人の遠因にまでなってしまう…、人を孤独にし凶暴にする、善悪の恐ろしい錯覚を味わってみてください。
孤独―特に絶対的な孤独―は、最も辛い感情の一つでしょう。
孤独は、物理的に一人でいることから生まれるものでは有りません。 孤独は、精神的に他者から孤立・隔絶していると信じることから生まれます。
さて、人がなぜ孤独に陥るか、なぜ他者から孤立・隔絶していると信じてしまうのか。
―そこには、むろん様々な心理的な原因が考えられます。
この絵本では、ごく普通の人間が、ごくごく普通の教育の結果、いかに人間不信に飲み込まれてしまい、
孤独―それも、一切の救いが無い絶対的な孤独
―に飲み込まれ、無差別殺人まで犯してしまうほど凶暴化してしまうか、という心の流れ、…その恐ろしく危険な心理について描いています。
さて、世界には実際に、「全ての人間を敵だと思う、極端に凶暴化した人間」が存在します。 ―無慈悲に残酷に無差別に、大勢の人間を殺すような人々です。 虐殺を楽しむ独裁者もいれば、殺す事そのものに快感を得る、快楽殺人者もいるでしょう。 見知らぬ人々を殺す、無差別殺人者も存在します。 筆者は、こうした凶暴な行為に至る人々の心の底には、上記のような「絶対的な孤独」「極端な人間不信」「敵意」が存在しているのではと想像しています。
善悪を見ることと、人を見ることは違います。 善を信じ・愛することは、人を信じ・愛する事では有りません。 ―それは善を信じ・愛することです。
そして、人は、「善悪」という言葉/観念と信じ合い・愛し合うことは出来ません。 つまり、いくら善悪を信じ・愛し・善悪に奉仕しようと、人の孤独が、(擬似的にではなく)真に癒えることは有りません。
人は、人そのもの(正確に言えば「人」だけに限りませんが…)との信頼・愛によって、はじめて孤独を癒すことが出来るのではないでしょうか。
単純な絵本のストーリーから、善悪が生む錯覚の恐ろしさを、実感していただければ幸いです。
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| とうごう じゅん |