世界平和への絵本集-愛と癒しと和を地球へ

世界平和の絵本集は平和の絵やイラストでテロや戦争の原因・心理を描き、世界平和のメッセージを広げる、愛と癒しと平和のWEB絵本です。 ⇒携帯サイト(外部)

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贈る愛の絵本で和を地球へ。世界へ平和と癒しを
4,000年の錯覚に終止符を!
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平和の絵本のクイックツアー

 お忙しい方のための、目的別クイックツアー(QT)です。紹介用ページとしてもご利用ください。

お母様へ お子様を善悪中毒から守るための絵本集です。 心の癒し。悩み、落ち込む方に読んで頂きたい絵本集です。 イジメ・虐待問題の対策のための絵本集です。 政治・経済・社会問題の絵本集です。 反戦、平和運動としての世界平和の絵本集です。 憂国の思いを持つあなたへ贈る絵本集です。



平和の絵本(へいわのえほん)

善悪の錯覚 4,000年の
歴史に終止符を!


 善悪の錯覚は過去4000年間(推定)にもわたって、人類を葛藤に巻き込み・凶暴化させ・想像を絶する悲劇を生んで来ています。 それはあらゆる局面で観察できますが、恐ろしいことにその錯覚のメカニズムに気づいている方はほとんどいません。 本絵本集は、世界中の人々がより幸せ暮らしていくことが出来るように無料で発表しているものです。 もし内容にご共感頂けたら、錯覚への気づきを広めることにぜひご協力下さい。m(_ _)m


善悪の錯覚について


善悪の命令

 まず命令としての善悪です。あなたは善悪が命令だということはご存知ですか?


 善悪の錯覚を放置して争いが無くなるわけがありません。 「世界中で争いが絶えないのは当たり前」ということは、わずか6ページの絵本で描けます。 


 善悪の錯覚は争いを生むだけではありません。愛も歪めてしまいます。


 錯覚は、ハッキリと見えない時にするものです。 では善悪の命令で見えていないことって何でしょう? 



善悪の飴(あめ)と鞭(むち)

 そもそも人はなぜ善悪を使って錯覚なんかするのでしょう?  そこには善悪の錯覚が持つ、大変に甘い飴と恐ろしい鞭があります。 この飴と鞭で人は善悪の錯覚に中毒してしまうのです。
 ではまずは善悪の飴。錯覚の甘い罠を描く絵本です。


 次は善悪の鞭を描く絵本です。
 善悪の鞭で代表的なものとして、多くの人が思いつくのは地獄に落ちる恐怖と罰かもしれません。 「悪だと裁かれれば、神に呪われ地獄に落ち、永遠に火で焼かれてしまう・・・」 想像力がある人にとっては、それは大きな恐怖となります。 
 さらに罰はこの世の実際の苦痛としても存在します(あまり想像力が無い人にとっても、罰せられることは楽しく無いでしょう)。 何年も牢屋に閉じ込められ、場所によっては鞭打たれ、腕を切り落とされ、名誉をはく奪され、殺されます。 高所恐怖症・閉所恐怖症があるのですから、当然、「自分が悪となってしまう恐怖症」(「地獄恐怖症」「罰恐怖症」)も存在します。 どう考えても地獄は快適な高層ビルの一室より恐ろしいところですし、出入りが自由な地下室はどんなに狭くても牢屋より解放的だからです。

(注)私どもが取り上げているのはあくまでも恐怖が与える人間心理への影響です。神の呪いや地獄の有無に関して一切の主張をするものではありません。



深まる善悪の錯覚

 もちろん人は無条件に錯覚できるわけではありません。錯覚を深めるためには工夫が必要です。 たとえば言葉が持つ暗示の力を利用することも・・・ 一種の催眠効果だと考えることが出来ますね。次の絵本ではそんな暗示について描きます。


 錯覚が深まれば深まるほど、錯覚のコントロールは難しくなるでしょう。 その結果、錯覚に基づいた命令だけが独り歩きすることもあるでしょう。 ・・・それがどれほど危険なことか、次の絵本のテーマです。


 なぜ学校でイジメを他の子が止められないのか。なぜ職場の様々なハラスメントを他の職員が止められないのか。 なぜ正義に駆られた超大国の戦争をどの国も止められないのか。 次の絵本ではそんな心理を描きます。 善悪の錯覚は人々の深層心理を支配し、元々無関係な人々まで争いに巻き込んでしまうのです。


 善悪の錯覚は一つではありません。様々な錯覚が多面的に隠れているのです。 次の絵本もまた隠れている錯覚を描きます。


善悪の錯覚を理解するためのキーポイントは?

 人の深層心理にまで入り込んでいる善悪の錯覚を、きちんと理解することは誰にとっても簡単ではありません。 理解のポイントをギリギリ絞り込めばそれはおそらく2つ。1つはあたかも条件反射のように、子供の時から叩きこまれた心の癖。 もう一つは、善悪があたかも二分類のように見える、ということです。 この二つのポイントをテーマとした絵本を3本ご紹介します。
 まずは子供の時から叩きこまれた心の癖です。

 次のポイントは、善悪があたかも二分類であるかのように見えるということです。 「善悪」という言葉は「善」と「悪」という二つの言葉から成立しているので、あたかも二分類のように見えてしまうことが多いのです(=錯覚が成立する余地がある)。
 以下の2つの絵本は、そんな二分類が生む錯覚とそのバカバカしさを描くものです。

 ご覧いただいた通り、二分類はとてもラフなものです(理論的に二分類は分類としては最も大雑把)。 二分類はあまりにもラフであり、分類としてはほとんど無意味でしょう。 そして二分類は、その大雑把さゆえ恣意的に使うことも出来ます。
 ここで、無意味でラフで恣意的な二分類が、地獄や罰への恐怖という強烈な感情を伴って 見えない命令を生み出していると想像してみてください。 その全ての心理過程が、パブロフの犬の条件反射のごとく無意識に自動的に行なわれていると。


認識と錯覚について

 ここまでお読みいただき、錯覚の恐ろしさを実感していただけたでしょうか?  それとも難しいとお感じでしょうか? 錯覚はいわば認識の歪み/失敗だと考えることが出来ます。ここで少し気分を変えて認識と錯覚に関する絵本をご紹介しましょう。


 錯覚を客観視するためには、実はちょっとしたコツが必要です。 ここで描いているのは簡単な心理テクニックですが、「錯覚」を理解するために必要不可欠なものです。

 認識と錯覚の基本について、絵本集を書きかけ中です。 アップしているのはまだ一本、絵本「三次元だよ」だけですが、ここで扱っているのはとても重要なテーマです。この視点を身につけるだけで、意見の違いが生じたときのストレスをかなり軽減することが出来るはずです。


善悪の錯覚で生じる膨大な歪み

 再び、善悪の錯覚の話に戻ります。善悪の錯覚は4,000年もの間、人類の深層意識に隠れ、認識を歪め続けています。 当然、そこには想像を絶するほど深刻で膨大な問題が生じています。

歪められた怒り

 まずは怒りの問題です。「怒り」は、犬猫でも持つ大変に自然な感情です。 しかしながら善悪で錯覚されれば、むろん歪んでしまいます。 以下は善悪の錯覚で歪んだ怒りを描く絵本です。

 自然に発生する「怒り」を「悪」へと分類し、「どんな場合でも絶対に抑圧しなければいけない」などと考えたなら、人の心は大きなストレスにさらされます。 次の絵本では、抑圧された怒りの蓄積が「通り魔殺人」の原因となってしまう、そんな心理を描きます。

憎しみの連鎖

 憎しみの連鎖・暴力の連鎖の土壌には善悪の錯覚が存在するでしょう。 世界中で延々と続く憎しみの連鎖は、人類がどれほど深く、善悪の錯覚に中毒し支配されているかを示しているものと考えられます。 逆に言えば、人類の深層心理に隠れた善悪の錯覚への気づきを広げ、錯覚を引きずり出し光を当てさえすれば、 憎しみと暴力の連鎖を断ち切ることが出来るでしょう。それが次の絵本のテーマです。


凶暴化

 人は善悪の錯覚で凶暴化します。 凶暴化の心理プロセスは色々ありますが、ここでは二つご紹介します。 まずは善悪の錯覚と「祈り」による凶暴化を描く絵本です。

(注)この絵本からキリスト教の原罪思想なり「主の祈り」を連想する方もいるかと思いますが、 この絵本は宗教的な真実ではなく錯覚を描いたものですので念のため。

 次は「見えない」ことから来る凶暴化の心理を描く絵本です。

(注)ここでいう「見えない」は、色覚異常・盲目など、肉体的な障害に関する話ではありません。

心の分裂

 善悪の錯覚は、人々や国同士の争いを生むだけではなく、個人の心の分裂の原因にもなります。 分裂した心は、意志薄弱・引きこもりなど様々な問題を生じるでしょう。 二重人格、多重人格(解離性同一性障害)などの精神疾患も心の分裂の延長線上に存在するものです。


歪む宗教、信仰

 もしかするとあなたは何か宗教を信仰しているかもしれません。 そして善悪は神に由来するものであり、何よりも大切だと信じていらっしゃるかも知れません。
 しかしながら、「錯覚」はどうでしょう? いうまでもなく錯覚は信仰の妨げです。 錯覚を必要とする宗教など、ただの偽物であり妄想に過ぎません。 善悪の錯覚も、もちろん宗教の教えや信仰心を歪めます。 錯覚は、神から人間を遠ざけてしまうものではないでしょうか。 次の絵本では、善悪の錯覚がいかに神の愛から人間を切り離してしまうのかを描きます。


悪人狩り

 善悪の錯覚が支配する社会では悪人狩りも行われるでしょう。そしてその狩りは終わることがありません。

 


あらゆる失敗の原因

 人は自身の認識に基づいて行動するものです。その認識が何らかの錯覚で歪んだら、行動も歪んだものとなります。 行動が歪めば、目的が何であれ達成することは大変に難しくなるでしょう。 ですから善悪の錯覚も、あらゆる失敗の原因となりえます。 まとめてオムニバス絵本集としてみました。 善悪の錯覚を原因として、泥棒の予防・禁煙・禁酒・受験への合格・麻薬中毒をやめること・犯罪予防 というそれぞれのケースで失敗してしまう、6本の絵本をご紹介します。

理解と共感から、無理解と憎しみへ

 善悪がもたらす歪みは、理解を無理解へと置き換え憎しみを作ります。このテーマで少しずつ、絵本(集)を追加していきます。


罰について

 罰をテーマとした絵本集です。罰が生む恐怖は、善悪の錯覚・中毒を支える大きなエネルギー源となっており、そこには様々な問題が潜んでいます。


善悪の錯覚について、残る疑問

 善悪の錯覚は、長い歴史をかけて人類の潜在意識の奥底まで入り込み支配しています。錯覚から自由になることは決っして容易ではありません。 まだたくさんの疑問が残されていたとしても、それは当然のことです。ここでは善悪の錯覚に関する、残るであろう疑問への回答をいくつか試みたいと思います。


加害者への復讐

 読者の中には、次のような疑問をお持ちになる方がいるかもしれません。「犯罪被害に遭った場合など、加害者への処罰感情、復讐心が起きるのは当然ではないのか? 悪人に復讐できないなんて納得できない」
 筆者は被害者の怒りを否定するものではありません。 復讐を悪だというのでもありません(復讐を善悪二分類の悪へと分類し、悪をしてはいけないという、命令者も分からない禁止命令を出すつもりはないということ)。 復讐や罰には、一定の犯罪抑止効果もあるでしょう。 しかしながら一方で、加害者を悪と認識し攻撃以外の選択肢が全く見えなければ、そこには善悪の錯覚が潜んでいるかも知れません。 復讐と錯覚をテーマとする絵本をご覧ください。


悪人がノウノウと生きて良いのか

 「悪人が罰せられもせず、地獄に落ちないなんて納得できない」と思われる方もいらっしゃるかも知れません。 繰り返しになりますが、犯罪者を罰することを悪だと言っているのではありません。地獄の有無について何らかの主張をしているのでもありません。 しかしながら一方で、目を三角にして「加害者は何が何でも罰しなければいけない。そうしないと、とんでもないことになる」と怯えたなら、 そこには善悪の錯覚/強迫観念が隠れているかもしれません。
 天網恢恢疎にして漏らさずと言います。 誰かを意味も無く傷つけてノウノウと生きて死ぬことは、なかなかに難しいことです。 これは生と死の絵本集の中の一作品です。

本物の悪人はどうするのか

 「犯罪の原因などと言ったって、本物の悪人はいるだろう。本物の悪人とは戦う以外、どうしようもないんじゃないか」といった疑問を持つ方もいらっしゃるかもしれません。 もちろん、犯罪者と戦うななどと言うつもりはありません。 しかし戦う以外の選択肢が全く見えなければ、そこには善悪の錯覚があるかもしれないと繰り返し申し上げています。

 さて、ここでいう「本物の悪人」とは、どのような存在でしょう?  それは、悪を憎め/罰しろという命令にしか値しない存在です。 それは、どんな場合でも無条件に攻撃し罰を与えなければいけない存在です。 それは、原因があって犯罪を犯すのではなく一切原因が無くても必ず犯罪を犯す、なぜならそれがその人の本性だから、といった存在です。

 もしそんな「本物の悪人」が多数存在し、彼らが犯罪的行為の中心を担っているのなら、それは「悪い奴が悪いことをしただけ」であり、 対処方法は唯一、悪人と戦うことだけかも知れません。 「犯罪が起きたとき、その原因を追究し、その解決を目指す」という選択肢こそが錯覚の産物となるでしょう。

 つまり、以下のどちらの意見を支持するかは、犯罪行為の原因を探る意味がそもそもあるのかという判断に大きく影響すると考えられます。

  • 1)人が犯罪行為をするのは、(善悪中毒など心理的なものも含めて)何か理由/原因があってのことだ。
  • 2)人が犯罪行為をするのは、その人の変わらぬ本性によるのであり、他に理由/原因など存在しない。

 そこで、最も本物の悪人らしき人について考えてみました。

 筆者が選んだのは快楽殺人者です。 自分の性的な快楽のために、異性を拷問し殺すといった異常者は、筆者には最も本物の悪人っぽく見えたのです。 もし彼らの行為にも原因があり、つまり本性から必ず犯罪を犯すという「本物の悪人」では無いのだとしたら、 逆に本物の悪人という概念そのものが錯覚であるという可能性がぐっと高くなるでしょう。つまり、犯罪行為の原因を探る意味が大いにある、と判断することが出来ます。

 以下、連作絵本「想像という現実」では、サディズム、快楽殺人、カニバリズムなど異常者の心理とその原因を描きます。



善悪の錯覚に関するQ and A

 絵本でまだ書き切れていないことに関して、 ⇒善悪の錯覚に関するQ and A(質問と回答)のページを用意しました。 ご参考にして頂ければ幸いです。


愛の錯覚

愛の錯覚 悲しみの
歴史に終止符を!


 愛の錯覚を描く絵本集です。「愛を命令しないで」は3つの絵本で出来ているオムニバス絵本です。


 愛の錯覚の恐ろしさをご実感いただけたでしょうか?
 それが善悪の錯覚であろうと愛の錯覚であろうと、共通するのは錯覚を使って自分や他人をコントロールしようとする、心的な態度です。 その底には、人類が持つ自己不信・自信の無さ(錯覚をしてでもコントロールしなければいいけない、放っておいたら何をしでかすか分からない)があるのかも知れません。  

 ところで、もし愛は「善」であるとして、「善いことはしなければいけない」と考えるなら、「愛さなければいけない」となります。 その場合、愛の錯覚は善悪の錯覚の一部だと考えることが出来ます。


歪みが無ければ・・・

 ここでご紹介する絵本は錯覚の心理・原因ではありません。歪みが無ければ、そこには「人の心」があるのです。


心の成長へ

心掛けたいこと

 絵本「嵐と湖」は実際に筆者が常に意識していることです。人生を生きていく中で大変に役立っていることなので、シェアさせてください。 絵本「待って」は、ごく単純な話なのですが、錯覚に落ち込まないために大変に重要な心的な態度をテーマとしています。 信頼し待つことが出来れば、無理に愛を命令することはありません。 錯覚に頼ることも無いのです。


善悪中毒を癒すために

 ただ流されて生きるだけなら、周りの人々と同じ「メガネ」をしていた方が楽だということもあるのです。 善悪のメガネを外したければ、まずはプライドを高く持ってご自身に気合いを入れてください。(笑) 

 次はより具体的な心理エクササイズです。 ご自身が何を正しいと思っているのか、何を悪だと思っているのか。 時折、自問自答して頂ければ幸いです。


 善悪の錯覚の見つけ方について、こちらの善悪の錯覚に関するQ and A(質問と回答)の頁に書きましたので、そちらも御参考にしてください。


生と死について

 死を考えることは生を考えること。人間としての成長にも心の癒しにも、つながるでしょう。生と死をテーマとした絵本集です。

[お願い]もしあなたが人命を守ることこそ善/正義であり、少しでもそれに反することは悪であるとお考えでしたら、 本シリーズをご覧になる前に、上記ご紹介した「善悪の錯覚について」の絵本集をお読みいただきたく、お願いいたします。

錯覚が支配する世界で

 現実世界はどれか一つの錯覚ということではなく、複数の錯覚が有機的に組み合わさって動くものです。 そんな錯覚に満ちた世界を、いくつかの絵本で角度を変えて描いてみました。以下の絵本は錯覚に関して、ある程度理解していただいた方を対象としています。

お金・経済問題

 お金・経済問題をテーマとする絵本です。失業や生産性、財政危機などの相関関係について描いています。

[お願い]もしあなたが資本主義・自由競争こそ善/正義であり、一切の批判は悪であるとお考えでしたら、本シリーズをご覧になる前に、上記ご紹介した「善悪の錯覚について」の絵本集をお読みいただきたく、お願いいたします。

民主主義について

 「民主主義」という言葉は正確には何を意味しているのでしょうか。民主主義に関連した、誤解/錯覚について描く絵本集です。


異文化交流と誤解

 錯覚が支配する世界で、異文化に属する人間同士がどのように誤解しあうのかを描く絵本です。


被害者意識について

 この絵本のテーマは被害者意識の心理です。被害者意識が生む錯覚は、時に人間関係(個人ベースでも民族ベースでも)をゆがめ、 イジメや差別を固定化してしまうことが有るのです。 どんな場合にこういう錯覚が生まれるのか、どうすれば悲劇を防げるのか、お考えいただければと思います。



核廃絶について

 地球上から原爆(核兵器)を無くすことを目的に執筆した58頁の長編絵本です。大変にデリケートなテーマを扱っていますので、他の絵本を読み終えてから、お読みいただきたくお願い致します。大人向きの絵本です。


差別について

 差別問題も、多くの人々に善悪で錯覚されているようです。 その結果、差別がそもそも何なのかも、なぜ差別が起きるのかも、ではどうすれば差別を無くせるのかも、ほとんど霧の中にあります。 ここでは問題を整理するために、ごく基本的な「差別とは何か」から始めて、差別の心理と原因、人種差別の始まりとその終焉までの歴史を18本の絵本で描きます。 ちなみに18本目の絵本「山は見えない」は、現時点(2006.4月現在)で私ども最長の90頁の長編絵本となります。


具体的な政策論

 初めて具体的な政策論に踏み込んだ絵本の論文です。国民的な議論の叩き台に出来ればと希望しています。大人向けです。





平和の絵本の運動について(世界平和の達成へ)

 「錯覚が原因で争いが絶えないことは分かった。じゃ、どうやって世界を変えようか」という方のために、 こちらの頁で『平和の絵本』の運動やキャンペーン、なぜ絵本で世界平和なのかなどをご説明しています。 世界を変えましょう! 

私ども「和を地球へ」について

 私ども「和を地球へ」については、こちらをご参照ください。

世界平和への絵本集について

 全ての「平和の絵本」に共通するテーマは和の心です。

 つまりは、個人の心から世界まで和(平和・調和)を達成すること。 …これが全ての平和の絵本に共通するテーマです。絵やイラストを使い、絵本を表現手段としているのは、子供からお年寄りまで、教育程度に関わり無く人種・文化・宗教・国境を越えて、万人にメッセージを届けるために他なりません。

 どうぞ私どもの平和の絵本集を、内面の気づき・癒しへも、子供の情操教育、苛めや少年犯罪への対策、道徳の授業、さらには英語の勉強にも、世界平和のメッセ―ジとしても、お役立てください。

善悪中毒3部作 -平和の絵本の元となる思想

 平和の絵本の土台となっている哲学・思想に関して、より深くお知りになりたい方は、 こちらの善悪中毒3部作(善悪中毒 二千年の幻想 隣人を愛せず)をご覧ください。 人類がなぜこれほど凶暴化してしまったのか、平和の絵本が何を目指しているのか、ご得心頂けるものと存じます。

善悪中毒 二千年の幻想 隣人を愛せず


英語版の絵本もどうぞ

 平和の絵本集には英語版が有ります(www.peace-picturebook.org)。英語の勉強にも世界へ向けた平和のメッセージとしても、ご利用ください。

イラストレーターの絵、イラストで描く平和の絵本

 イラストレーターの方たちが、私達の呼びかけに応えて、絵・イラストをボランティアでご提供くださいました。 平和を愛するイラストレーター達の絵・イラストによる絵本は、こちらです。


お 願 い

根っこから世界平和を達成しよう!